西国屋ホール
このホールはかつては北前船の荷物を保管していました。
当時、この蔵は回船問屋の「西国屋」が所有しており
ニシンなどを保存していたと思います。
この西国屋ホールは旧新町問屋街にあり、寛文十年(1670)
備中松山藩主水谷候によって阿賀町新田新町堤防の汐止工事が完了し
、阿賀崎村が独立して、堤防上に徐々に問屋が殖え、港町が形成され、
天領になった元禄の最盛期には東綿屋、大黒屋、西綿屋、米屋、西国屋、関屋など
43軒の問屋が軒を並べて甕(もたえ)の港が大いに繁盛した。
新町問屋街の東西には総門があり、海側には船着場と土蔵の倉庫群が建ち、
道を挟んで、その蔵の庄屋さんのお屋敷になっていて今も数件その町並みが残っています。
この蔵の最大の特徴は内側がなまこ壁が天井まで貼られている
このようなつくりの蔵は大変貴重でめずらしい蔵で,
壁や扉の裏に落書きが今も残されています。
現在は、25年前に改装をし、多目的ホールとして活用しています。